Eglise Sainte-Marie(エグリーズ サント・マリー)
サント・マリー教会



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Sarlat(サルラ)は、フランスの南西部、ペリゴール県にあるフランスきっての食の町で
す。ペリゴール県は有名なラスコーの壁画等、先史時代からの文化遺跡などが今な
お残っています。サルラもかなり古くから存在した町ですが、ここが1番栄えたのは13・14世紀の百年戦争の頃でしょう。そして当時をそのまま残すこの町の建物は1962
年に法律で保護されることになりました。

このサント-マリー教会は13世紀の終わり頃に建てられましたが、時は百年戦争の
真っ只中。この辺りはちょうど英国軍とフランス軍の境界ともいえるフロントラインだった
だけに、この教会は非常に中途半端に作られ、また教会として使われたのは百年戦
争終決後の10年ほどの間だけでした。

その後15世紀後半にやっと今の形となる全体が完成しましたが、教会のシンボルとも
なる鐘楼は未完のまま。そして19世紀初頭に国が買いとり、サルラの公設市場を作る
のに一番適所である場所としてリストの1番上に挙げられていたにも関わらず頓挫。さ
らに1935年から数年の間は郵便局として使われるという、なんとも悲運な教会でした。

20世紀の終わりに、ドルドーニュ県のペリゴール博物館とこの教会の再構築プロジェク
トが発案。ドルドーニュ県の隣県が出身のヌーベル氏により、サント-マリー教会は市
場へと生まれ変わりました。


左写真:サント-マリー教会全体。黒の門を見れば、黒装束のジャンヌーベル氏が作っ
た事がわかります。内部は公設市場、外部は1部テナントになっています。

写真左:教会天井部  写真中:教会回廊部(市場の状態)  写真右:教会裏の洞穴

この教会をなぜ市場にしたかと言うと、教会前の自由広場(place de laliberte プラス・ドゥ・ラ・リベルテ)に毎週土曜日に市が立つ事から
屋根付きの市場の必要性が出たのだと思います。サルラの市というのはフランスではとりわけ有名で13世紀からこの町の産物であるフォ
アグラとクルミは町の財源ともなっていました。しかし自由広場の市の大きさと比べ、わずか400uしかない教会の中に立つ店はわずか8
軒ほど。19世紀に市場への活用と考えられながら頓挫した理由は、まさに狭かったから。市場以外に有効な使い道はなかったのか…?と
も考えますが、サルラといえば市場とイメージするフランス人には丁度良いのかもしれません。

13世紀末に建てられ、15世紀に残り部分を建てた時に、内部の石はほとんど変えられたそうです。そして20世紀末に更に修復を加えられ
現在13世紀当時のままで残っているのは、教会の裏部分(place du marche aix oies プラス・ドュ・マルシェ・オウ・ゾワ ガチョウ広場横)
になる洞穴くらいでしょう。写真ではよく見えませんが、噴水になっており、洞穴の奥にはマリア像が建っています。

フランスインデックス


建物名   Eglise Sainte-Marie
       (エグリ-ズ サント-マリー)
        サント-マリー教会
設計者   Jean NOUVEL(ジャン ヌーベル)
用途     市場
竣工     2001年
延床面積  400m2
アクセス  ボルドーのBordeaux St-Jean(ボルドー サン・ジャン)駅から地方電車(TER)で約3時間で終点Sarlat(サルラ)に到着。
       サルラの駅から町の中心までは歩いて15分ほど。サント-マリー教会はplace de la liberte(プラス・ドゥ・ラ・リベルテ)に面して
       建っています。
作成日   2003年5月4日
最終更新日2007年7月10日
作成者   ぴんごー     


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